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彫刻家だった祖父・・・長編
今年の干支・・・辰。

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これは、私の祖父の作品です。
私の母方の祖父は、明治36年生まれ 雅号「三友」という彫刻家でした。
主に、能・狂言の所作物を作っていたそうです。
祖父の作品の納入先は、日本橋三越デパート・高島屋の美術部が主でした。

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日本が次第に戦時色が濃くなり、そのころ軍需産業や株で富を得た人達が
阪急沿線に居を構えていて、祖父の作品をたくさん買ってくれたそうです。
そして、軍の将校達が宴会をする、大阪・神戸の料亭の床の間も祖父の作品で飾られ・・・
また戦後、吉田茂首相の時・・・インドのネール首相の来日記念に祖父の「丹頂鶴」が手渡されたとの事。

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昭和20年8月終戦・・・世の中の金持ち層がガラリと変わり、祖父の作品
(いわゆる贅沢品)が古物商の間を転々とし、奈良の古物商が作品を買い取ったらしく
店先に並べられているのを、娘である母が偶然みつけたのだそうです。
それは干支12支のネズミだけが無く、不揃いの物でした。
しかし偶然にも母の嫁入り道具にと、祖父は母の干支であるネズミを作り持たせたそうで
古物商で得た11支と合わせて、全部の干支が母の手元で揃った・・・という不思議な話。。。

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祖父は、私が生まれて間もない頃に他界したので私自信
祖父の事は、ほとんど覚えてないのですが、母の話によると・・・
祖父は作品の値段に関係なく、どんな作品にも手を抜かず、精魂こめて作り
「三友」の名に恥じない作品を作る事を旨とし、無口で物欲・名誉欲の無い
目立つ事の大嫌いな人だったそうです。

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その祖父の唯一の楽しみは、作品を納めに行った帰り・・・
大阪梅田の阪急デパートの屋上で、景色をみながら、アンパンを食べる事・・・
それが至福の時だったそうです。

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私が小さい頃、母の実家によく遊びに行ったのですが。。。
その時、たくさんの祖父の作品を目にしました。
その中で一番不思議だった、古色をつけた「嵯峨人形」・・・
全長30cm程度の人形の頭に触れると、頭部が前後に動き
同時に口から舌がぺろぺろ出てくる面白いけれど少し不気味な感じのお人形・・・
今でも心に残っています。。。

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まだまだ祖父の足元にも及ばない私ですが、分野は違えど「物をつくる」という
共通の仕事をする上で、師であり・・・永遠の目標でもある祖父の存在・・・
大切に心に刻んで、前に進んでいきたいと思います。

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テーマ:フラワーアレンジメント - ジャンル:趣味・実用

[2012/03/18 | ブログ | コメント(1) | page top
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コメント
v-283曾曾おじいちゃんがそんな凄い人だったなんて・・・知らなかったです。絵の細かさ、緻密さ特に、翁の扇子の模様。素晴らしいです。
今まであまり美術品、芸術品の良さがわからなかったけど、この作品を見たとき言葉では表せない凄さを感じました。これからもこの作品を残していきます!ななみちゃんも後世の人に感動してもらえる作品を作ってねv-7ガンバ!!!!!!
[2012/03/18 12:22] URL | ゆうとも #-[ 編集 ]
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